全華水彩芸術館の建築
全華水彩芸術館は、上海市青浦区朱家角鎮西井街121号にあり、課植園のすぐ隣に位置しています。もともとは朱家角の富豪・馬文卿一族の邸宅でした。
入口には煉瓦彫刻の門楼があり、「書馨蘭芳」という四文字が刻まれています。六つの斗拱と垂花柱が施され、木造建築を模した技法で作られ、精巧で優雅です。「書馨蘭芳」は、書香あふれる家庭の雰囲気と、蘭の花のように気高く清らかな人柄が代々伝わることを意味します。このような題辞は装飾であるだけでなく、主人の学問尊重や高雅な品格を追求する家風を示す精神的な宣言でもあります。門の両脇には愛嬌のある石獅子が置かれています。
芸術館の山形壁には「観音兜」の装飾があり、流れるような線で優美さを表現し、家庭の和合や子孫繁栄を象徴します。また観音菩薩に関連することから、民間では加護や五穀豊穣を祈る意味も込められています。
館内には三つの小さな天井(中庭)があり、周囲を二階建ての壁や回廊が囲んでいます。中庭には蔦や鉢植えの竹が植えられ、石の机や椅子が置かれ、玉石や煉瓦で舗装され、静かで落ち着いた雰囲気が漂います。二つの中庭では、一階と二階の三方を回廊が囲み、卍形の手すりや掛け装飾が施され、屋内外をつなぐ中間的な灰色空間を生み出しています。こうした設計により、敷地の限られた中で「歩を移すごとに景が変わる」豊かな空間体験が可能となっています。
回廊でつながる部屋は現在、水彩画の展示室、活動スペース、事務室として活用され、それぞれの機能を果たしながら建物全体の一体感を保っています。
全華水彩芸術館 ― 成立の由来と展示の特色
全華水彩芸術館は、上海市青浦区朱家角鎮西井街121号に位置し、2006年6月に設立されました。中国で唯一、現代水彩画の名作を専門的に収集・展示する非営利の私立美術館です。この美術館は、国際的に著名な水彩画家である陳希旦によって創立され、中国水彩画の創作と展示を推進すると同時に、世界の水彩芸術交流と発展のためのプラットフォームとなることを目指しています。
美術館の基本理念は「水彩の名画を集め、水彩の名家を推す」というもので、中国の芸術政策である「二つの方向」「双百方針」にも沿っています。設立以来、陳希旦、雷雨、王維新、周剛、龔玉、楊義輝など十数名の現代水彩画家の個展を開催し、また上海や深圳の水彩画会との合同展も企画してきました。収蔵品は主に現代の著名画家の作品で、朱家角の地元作家から上海の著名水彩画家まで幅広く展示しており、高い鑑賞価値を持っています。
陳希旦がこの美術館を設立した背景には、中国水彩画の発展に対する深い思索があります。彼は、多くの優れた水彩作品が海外へ流出し、国内には十分に鑑賞・展示できる場が欠けていると感じました。そのため、水郷・朱家角に専門の美術館を創り、中国における空白を埋めたのです。水と色の関係を象徴する朱家角を選んだことは、美術館を中国水彩画の新しいランドマークにしました。
また、美術館は水彩芸術の展示において成果を挙げるだけでなく、朱家角古鎮の文化観光の発展にも貢献しています。さらに、この美術館は世界唯一の水彩画ビエンナーレである「上海朱家角国際水彩画ビエンナーレ」の主催機関でもあり、各国の芸術家を引きつけ、中国水彩画の国際化を大きく進展させました。
全華水彩芸術館は、中国国内の愛好家に名作水彩画を鑑賞する機会を提供するだけでなく、世界の水彩画家に交流と発表の場を提供しています。中国を代表する水彩芸術機関として、その推進と発展に重要な役割を果たしているのです。
「水彩画の中の朱家角」紹介
筆と水郷が出会うとき、十三年にわたる時の詩篇がにじみ出ます。本展「水彩画の中の朱家角」では、陳希旦先生の貴重な作品二十余点を精選し、四季をめぐり、朝から暮れへと移ろう江南の夢幻世界へ観客を誘います。これらの作品は2006年から2019年にかけて描かれ、石畳や水路の街角に、画家の深い愛情と時の記憶を刻み込んでいます。
陳先生の筆に描かれた朱家角は、四季折々に異なる風情を見せます。春には柳が芽吹き、朝霧の中に石橋がかすみ、船が鏡のような水面をゆるやかに進み、涟漪とともに花の香りが漂います。夏には繁茂した木陰が強い日差しを和らげ、窓辺に鳳仙花が咲き誇り、夕暮れの河辺では洗濯する女性たちの笑い声が水面に響きます。秋は橙と黄金に染まり、石橋の隙間から野菊が咲き、夕陽が白壁と黒瓦を金色に照らし、帰巣の鳥が茜空を横切ります。冬には静けさが訪れ、薄雪の屋根の下に赤い灯籠が揺れ、川面から立ち上る水蒸気が古い街並みに幽玄さを添えます。
暁から深夜まで、作品は水郷の時の移ろいを克明に描きます。朝もやの中で船頭が櫓を漕ぎ、音に驚いた水鳥が舞い上がる。正午には木漏れ日が青石の路に斑模様をつくり、茶館からは評弾の音色が響く。夕暮れには河道が金色の紗に包まれ、漁船が収穫を積んで戻り、岸辺には灯火が次々とともる。夜更けには喧騒が消え、月光が川面に降りそそぎ、家々の灯りと映り合い、心の鼓動まで聞こえるような静寂が訪れます。
陳希旦先生は繊細な筆致で朱家角の日常と詩情を捉えました。石橋も、水路も、家並みも、すべてが彼の土地への深い愛と理解を宿しています。これらの作品は視覚的な饗宴であると同時に、水郷文化の生き生きとした表現です。鑑賞者は芸術を楽しみながら、江南水郷の独特な趣と歴史の厚みを味わうことができます。この展覧会に足を踏み入れるとき、まるで時を超える水郷の旅に出るように、筆墨の光と影の中で、最も美しい朱家角に出会えるのです。
全華水彩美術館 所蔵名品紹介
全華水彩美術館には、中国および世界各国の優れた水彩画作品が豊富に収蔵されています。その中でも注目すべきは、ウルグアイを代表する著名な水彩画家アルバロ・カスタグネートの代表作《俯瞰》です。カスタグネートは都市景観や現代生活を描いた作品で知られており、《俯瞰》は彼の代表作の一つです。この作品は高所から見下ろした都市の情景を描き、建物や道路を中心に、車の往来による活気ある都市の雰囲気を表現しています。彼は湿画法を巧みに用いて光と影、そして空気感を描き出し、画面に躍動感と生命力を与えています。
また、英国の著名な水彩画家デイヴィッド・パスケットの《上海包子店》も見逃せない作品です。1944年ロンドン生まれのパスケットは、英国王立水彩画協会の会長を務めた経験もある現代英国を代表する画家です。彼は緻密な写実表現と光と影の正確な描写に優れ、特に中国の日常生活を題材とした作品で、中国文化への深い関心と理解を示しました。
《上海包子店》は上海の街角にある典型的な包子店を描いた作品で、生活感にあふれています。細部まで丁寧に描き込まれた店内や街の風景は、市井の活気を伝えます。光と色彩の表現を通して、包子店の温かさと親しみやすさが強調され、見る者に人情味あふれる雰囲気を感じさせます。この作品は、上海の伝統的な風情を映し出すと同時に、パスケットの中国文化への深い理解を示すものです。
さらに、館蔵の関維興による代表作《老漢》も重要な位置を占めています。関維興は1950年代生まれの中国現代水彩画家で、20世紀末から21世紀初頭にかけて活躍しました。彼の作品は、精緻な写実表現と人物感情の深い描写で知られ、とりわけ中国北方農村の日常生活や人物像を得意としました。《老漢》は1980年代に制作された作品で、農村の高齢男性を主題としています。表情や衣服の細部が丁寧に描かれ、素朴で飾らない生活感が伝わってきます。光と色彩の効果により、人物の堅忍さや風雪に耐えた姿が強調され、中国北方農民の質朴な強さが浮かび上がります。この作品は関維興の画風を代表するものとして評価され、彼の人物洞察の深さと伝統的水彩技法の卓越した表現力を示しています。
全華水彩芸術館の社会公益事業紹介
全華水彩芸術館は、芸術教育と地域社会サービスを結びつけ、社会公益活動を積極的に推進してきました。2016年以来、美術研修、創作支援、文化交流など、社会に有益な多くのプロジェクトを実施し、上海市内外の公益活動に幅広く参加しています。
2018年には、館の学術委員が「宋家旧宅」を題材にした写生作品を上海宋慶齢基金会に寄贈しました。同年、安徽省黟県、珠海市、広西省などで美術指導や写生活動を行い、現地の美術教育の発展を積極的に支援しました。
2019年には、再び宋慶齢基金会と協力し、複数の支援プロジェクト拠点で美術指導を行い、さらに邹市明ボクシング館と連携し、農村の留守児童のために護身術のイラストを制作しました。
2020年には、武国強による水彩静物オンライン講座を開始し、一般市民に質の高い美術教育を提供しました。また「大きな手と小さな手」プロジェクトを通じて、学術委員が上海中福会少年宮での児童美術教育に参加し、東展小学校の児童と共に写生活動を行いました。
2021年には、「夢回朱里」親子教育活動を継続するとともに、上海閔行三中、鑫都小学校、艺贝培训学校と協力を深め、写生、講演、ワークショップを通じて多くの水彩芸術愛好者を育成しました。
2017年から2023年にかけては、上海および長江デルタ地域で数多くの写生活動を行い、水彩画家と各地の芸術家の交流と協力を促進しました。さらに、ヨーゼフ・ズブコビッチやハーマン・ペケルといった巨匠と協力して国際水彩創作トレーニングキャンプを開催し、世界レベルの芸術研修を提供しました。
全華水彩芸術館は、芸術教育を推進する一方で社会公益の機能を拡大し続け、上海市の文化芸術教育現場の実践拠点として、芸術による啓発と公益活動を通じて、社会により多くの貢献をしています。
陳希旦(チェン・シダン)―人物紹介
1936年上海生まれの陳希旦は、中国水彩画界の傑出した存在であり、上海全華水彩芸術館の館長を務めています。中国美術家協会会員、オーストラリア水彩画協会名誉会員、米国全国水彩画協会登録会員、そして英国バーミンガム水彩画会会員として、国内外で高い評価を受けています。また、上海朱家角国際水彩画ビエンナーレのキュレーター兼総審査員を務め、2014年にはフランス国際水彩画大賞の総審査員にも選ばれました。
彼の水彩画の歩みは1953年に始まりました。1950年代に頭角を現して以来、90歳を迎えた現在まで、芸術探求を深化させ続けています。彼の作品は、鮮やかな色彩、流れるような筆致、そして「乾湿併用」の絶妙な技法で知られています。特に、水面のさざ波や太陽光の透過表現に優れ、大筆の羊毛筆や緻密な色彩操作を駆使して、油彩の重厚さと水彩の軽やかさを併せ持つ独自の視覚効果を生み出しています。
近年、高齢にもかかわらず創作を続ける彼の作品には、より自由な筆遣いと主観的な色彩が見られ、写実から個人的感情表現への移行が顕著です。これは年齢による変化であると同時に、芸術追求の新たな突破口でもあります。中国水彩画の先駆者として、彼は水彩画が「小画」から「百花斉放」へと発展する過程を見届け、特に朱家角国際水彩画ビエンナーレの創設を通じて国際交流に大きく貢献しました。
2006年には朱家角に全華水彩芸術館を創設し、中国における専門的水彩美術機関の空白を埋めました。この美術館は水彩芸術の普及を促すだけでなく、朱家角の文化観光にも新たな活力を与えました。さらに、彼は中国水彩画の「海外進出」に尽力し、若い世代が国際交流を担うことを願っています。
陳希旦の芸術は、中国水彩画の歴史的変遷を深く映し出すと同時に、都市風景や江南水郷、自然への愛情を示しています。特に上海や朱家角の描写は、この都市と古鎮の文化的記憶の重要な一部となりました。彼自身の言葉を借りれば、「90歳は終着点ではなく、芸術生命の新たな出発点である」。その水彩画は、生命への芸術的表現であり、文化の継承と革新の証でもあります。